小説を書くことを仕事にして7年になります。締め切りがある月は特に長時間デスクに向かうことが増えて、1日12時間以上座り続けることもあります。作家というのは腰と背中との戦いだという話をよく聞きますが、自分もご多分に漏れずでした。ただ、つい最近まで「書くことの代償だ」と半ば諦めて受け入れていました。執筆が佳境に入るたびに腰が重くなるのを、もうずっと当たり前のこととして受け流してきたのです。
変化のきっかけは、担当編集者との打ち合わせ中に「最近、原稿のペースが落ちていませんか」と言われたことでした。自覚はあったのですが、集中力の問題だと思っていました。家に帰って自分の作業環境を改めて見渡したとき、10年近く使っているパイプ椅子が目に入りました。学生時代から使っているもので、クッションも何もついていない。小説を書き始めた頃から変わらず使い続けていたのかと思うと、少し愕然としました。仕事道具にはこだわってきたつもりでいたのに、毎日座る椅子だけは完全に無頓着でした。
座面を手で押すとほぼ硬いまま、背もたれは細い鉄パイプが2本あるだけで体を支えてくれる構造ではありません。体重を背もたれに預けようとしても預けられないので、常に自力で体幹を保ちながら書いていたことになります。長時間の執筆中に集中が切れるのも、体が疲れて維持できなくなっているからかもしれない。そう気づいたとき、10年間の損失を少し後悔しました。毎日何時間もこの椅子で仕事をしていたのかと思うと、体のほうがよく持ちこたえてくれていたと感心します。原稿のペースが落ちたのも、体が限界に近づいていたサインだったのかもしれません。
買い替えを決めてから、いくつかのオフィスチェアを実際に試しに行きました。背もたれに体を預けた状態でもキーボードを打ちやすい姿勢が保てるかどうかを確認しながら座り比べていくと、リクライニングの角度と連動してランバーサポートが動くオフィスチェアが特に合うと感じました。執筆中は考えながら体を引いたり前に倒したりと動きがあるので、その変化に椅子が自然についてきてくれると体への負担がぜんぜん違います。最終的に選んだのは、ランバーサポートと座面の奥行きをそれぞれ独立して調整できるオフィスチェアです。アームレストも腕の重さを自然に支えてくれる高さに設定でき、長時間のタイピングで肩に力が入りにくくなりました。試座しながら「これで書けそうだ」と思えたものに決めました。
使い始めてから1ヶ月半、執筆中に席を立つ回数が減りました。以前は1時間ごとに体をほぐす必要がありましたが、今は2時間以上集中を続けられるようになっています。原稿のペースも戻ってきました。
書くことそのものに投資してきたつもりでしたが、書く環境への投資を怠っていたのだと気づきました。道具を整えることは、創作への敬意でもあると今は思っています。